神野 卓哉(じんの たくや、1970年6月1日 - )は、埼玉県草加市出身の元サッカー選手、サッカー指導者。選手時代のポジションは主にフォワード(FW)。初代J2得点王。 修徳高校在学時に頭角を現し、2年次には東京都選抜の一員として国体でベスト4、3年次には高校総体でベスト8に進出した。 1989年に同校を卒業し、日本サッカーリーグ1部の日産自動車サッカー部(現横浜F・マリノス)に加入。当初は日産の厚い選手層の中で出場機会を得られずにいたが、1990-91シーズンにオスカー監督の抜擢によりリーグデビュー。縦への鋭い突破で、第8節の読売サッカークラブ(現東京ヴェルディ)戦で初得点を決めると、その後も1990-91シーズン後期、1992年のJリーグカップ、第72回天皇杯全日本サッカー選手権大会決勝延長戦での決勝ゴールなど、読売クラブや後継の東京V戦になると得点を重ねたことから読売キラーの異名で呼ばれ スーパーサブとして活躍した。
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