南波 三五郎(なんば さんごろう、1860年〈万延元年2月〉 - 1941年〈昭和16年〉4月28日)は日本の政治家、公証人。衆議院議員(立憲自由党)。旧姓は田辺。 1860年(万延元年2月)、安芸国豊田郡船木村(現在の広島県三原市)に生まれる。大阪北区にあった太田北山の成章館に入り、儒学を研究し、塾頭となる。1886年(明治19年)に東京法学校(現・法政大学)を卒業し、家業の酒造業に従事、のち、公証人となり公証業務に従事する。また、経世詩社を創立し、経営する。 1890年(明治23年)、第1回衆議院議員総選挙に広島6区から出馬し、当選する。 その後、第2回から第4回総選挙にも立候補したが、いずれも落選している。
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