関 未代策(せき みよさく、1895年6月26日 - 1974年3月8日)は、日本の経済学者。日本経済団体連合会の設立など、戦後の経済再建に重要な役割を果した。 1917年、明治大学政治経済学部卒業。在学中は雄弁会幹事長を務めていた。朝日新聞社に入る。1920年のワシントン会議では、緒方竹虎等と共に特派員に選出されたが、直前の急病により断念することとなった。 1925年に、母校からの要請により、朝日新聞社から明治大学に転じた。同商学部助教授に就任すると同時にパリ大学に留学。1927年に帰国し、政治経済学部助教授、1930年に同教授、1942年に「東洋思想と仏蘭西経済学」で、経済学博士の学位を取得。
出典:ウィキペディア「関未代策」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
