山本 浩二(やまもと こうじ、1952年〈昭和27年〉7月28日 - 2001年〈平成13年〉3月29日)は、秋田県山本郡八森町(現:八峰町)出身のバスケットボール選手。ポジションはガード。 能代工業高校で全国大会2冠を達成し、明治大学に進学。4年次に主将を務め、1975年のオールジャパン優勝に導いた。これが現在のところ学生チームが制した最後のオールジャパンとなる。 卒業後、日本鋼管に入社。1年目より活躍し、全日本にも選ばれ翌年のモントリオール五輪に出場した。 引退後は日立戸塚女子の監督も務めた。 この項目は、バスケットボール関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ:BASKET)。
出典:ウィキペディア「山本浩二 (バスケットボール)」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
