吉野 繁(よしの しげる、1892年(明治25年)2月17日 - 1962年(昭和37年)6月1日)は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍主計中将。 1892年(明治25年)に大阪府で生まれた。陸軍経理学校第8期主計候補生として1914年(大正3年)5月24日に卒業した。1921年(大正10年)4月から1924年(大正13年)3月まで員外派遣学生として東京帝国大学経済学部で聴講し、大学院にも進んだ。1934年(昭和9年)4月に陸軍省経理局課員兼参謀本部附となり、1937年(昭和12年)8月に陸軍主計大佐に進級し、1938年(昭和13年)4月に陸軍省経理局監査課長に就任した。1939年(昭和14年)8月に駐蒙軍経理部長(北支那方面軍)に転じ、日中戦争に出動した。
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