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久

久保田正次

くぼた まさつぐ
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久保田 正次(くぼた まさつぐ、1880年 - 1949年7月26日)は、日本の英語学者、教育者。立教大学元教授、立教大学野球部元部長。 1880年(明治13年)、東京・佃島出身。1911年(明治44年)、立教大学商学部を卒業。立教大学第1回の卒業生で、同大学文学部出身の小島茂雄(立教大学元文学部長、立教中学校元校長)や高松孝治(立教大学元教授、大学チャプレン)と同級生。 昭和初期に立教大学教授として、経済学部及び予科で英語を教える。1923年から1935年まで雑誌『英語研究』の主筆を務め、英文学を紹介した。 1930年(昭和5年)11月に、立教大学野球部で主力選手による野田健吉監督の排斥運動が起こり、主将の山本貞夫を始め、投手の縄岡修三、2塁手の大内又三郎など、20余名の選手が袖を連ねて脱退したことから、野球部は休止状態となる。

出典:ウィキペディア「久保田正次」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋