帆足 正音(ほあし まさと、1919年(大正8年)1月8日 - 1942年(昭和17年)3月15日)は、日本の海軍軍人。 最終階級は海軍予備中尉。マレー沖海戦においてイギリス艦隊を発見した偵察機の機長である。 大分県玖珠郡森町(現・大分県玖珠郡玖珠町)出身。父は浄土真宗本願寺派・鷹巣山光林寺の住職である。龍谷大学専門部に入学し、1938年(昭和13年)1月から、1940年(昭和15年)3月まで海軍予備航空団で飛行訓練を受ける。大学を卒業し僧侶の資格を得た後、海軍航空予備学生となり霞ヶ浦海軍航空隊へ入隊。1941年(昭和16年)4月、訓練終了と共に予備少尉に任官した。同日充員召集を受け、木更津海軍航空隊附となる。
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