加藤 弘造(かとう こうぞう、1895年(明治28年)10月7日 - 1982年(昭和57年)7月28日)は、大正から昭和期の実業家、政治家。衆議院議員、静岡県志太郡島田町長。 静岡県志太郡島田町本通り(現島田市)で、木材業、加藤商事会社・加藤友吉の四男として生まれる。1916年(大正5年)早稲田大学予科 を卒業した。 家業の加藤商事会社社員となる。1920年代に、廓潰運動、部落解放運動、無政府運動に係わり、静岡県水平社などに資金援助を行った。1931年(昭和6年)静岡県会議員に選出され3期在任し、参事会員も務めた。1934年(昭和9年)島田町長に就任し3期在任した。日中戦争に出征し陸軍中尉となる。
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