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児

児玉衛一

こだま もりかず
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児玉 衛一(こだま もりかず、旧字体: 兒玉 衞一、1883年〈明治16年〉10月27日 - 1952年〈昭和27年〉4月7日)は、大正から昭和にかけての日本の実業家・資産家。長野県小県郡和村(現・東御市)出身。上田殖産銀行(旧・信濃銀行)頭取・大正自動車代表・八十二銀行取締役・長野電気取締役・長野県会議員などを歴任。 児玉衛一は、1883年(明治16年)10月、児玉猛次郎の長男として生まれた。父が早世したため祖父・彦助の手により育つ。彦助は長野県小県郡和村(後の東部町、現・東御市)の大地主・多額納税者で、村の収入役・助役や第十九銀行(上田市)監査役などを務めた人物である。松本市の松本中学校を経て上京し、早稲田大学政治経済学部を1905年(明治38年)に卒業する。

出典:ウィキペディア「児玉衛一」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋