小巻 敏雄(こまき としお、1920年3月21日 - 1990年6月16日)は日本の教育者、政治家。元参議院議員(日本共産党公認)。 京都府与謝郡加悦町(現・与謝野町)生まれ。1944年、早稲田大学文学部卒業。その後、1947年に、京都府立宮津中学校(現・京都府立宮津高等学校)で、1951年に大阪府立生野高等学校でそれぞれ勤務する。生野高等学校時代に、大阪府立高校教職員組合の執行委員長に就任。委員長には1973年まで在職した。1974年の第10回参議院議員通常選挙で全国区から出馬し初当選を果たす。当選1回。党内では文教委員などを歴任した。1980年の第12回参院選に立候補したが落選した。 1990年6月16日、心筋梗塞のため奈良県奈良市の県立奈良病院で死去。
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