庄司 彦男(しょうじ ひこお、1896年〈明治29年〉10月9日 - 1960年〈昭和35年〉5月18日)は、昭和期の漁業関係者、政治家。衆議院議員。八田一朗と共に日本へアマチュアレスリングの導入に貢献した。彦雄と表記される場合がある。 鳥取県西伯郡渡村(境港町を経て現境港市渡町)で生まれる。1920年(大正9年)に早稲田大学大学部商科を卒業。東京電気に入社する。小学校専科教員を務めた。 1921年(大正10年)にアメリカ合衆国のプロレスラーアド・サンテルが来日し、講道館の柔道家との異種格闘技戦を望んだ。しかし、館長嘉納治五郎が他流試合を許さず戦ったものは破門とすることを表明した。当時、早稲田大学柔道部に所属し柔道三段であった庄司と永田礼次郎がこれに応じて、同年3月、靖国神社相撲場でサンデルと試合を行い、試合は引き分けとなった。
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