中野 寅吉(なかの とらきち、1879年(明治12年)4月2日 - 1962年(昭和37年)7月5日)は、日本の政治家、警察官、実業家、僧侶。衆議院議員。旧姓は小林。 福島県大沼郡雀林村字古屋敷(赤沢村、会津高田町を経て現会津美里町雀林字古屋敷)で、小林清三郎の三男として生まれる。苦学して、1901年(明治34年)東京専門学校法学部を卒業した。1907年(明治40年)頃、北海道の小樽日報社に入社し石川啄木の同僚となった。事務長であった中野は記者の啄木とは反りが合わず、啄木が札幌に何度も出かけることを編集長(啄木とは懇意だった)に咎めたが逆にたしなめられ、編集長の帰宅後に啄木が戻ったところを殴打、それが原因で啄木は小樽日報を退社した。
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