中村 三之丞(中村 三之烝、なかむら さんのじょう、1894年〈明治27年〉9月18日 - 1979年〈昭和54年〉7月8日)は、日本の政治家。位階は正三位。 運輸大臣、衆議院議員を歴任。 京都府出身。1918年(大正7年)早稲田大学政治経済科を卒業。大蔵大臣秘書官等を経て、1932年(昭和7年)立憲民政党公認で第18回衆議院議員総選挙に立候補し当選した。以後通算当選8回。1937年(昭和12年)第1次近衛内閣の大蔵参与官となる。戦前は永井柳太郎に近く、1940年(昭和15年)の新体制運動に際しては民政党が解党する前に永井らと民政党を離党、大政翼賛会に合流した。政党解消後は翼賛議員同盟には参加せず中間派の議員倶楽部に所属したが、1942年(昭和17年)の翼賛選挙では翼賛政治体制協議会の推薦候補として立候補し当選した。
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