浜口 檐(はまぐち たん、1872年7月7日(明治5年6月2日)– 1939年(昭和14年)10月2日)は、明治後期から昭和前期の実業家・政治家。衆議院議員。 和歌山県有田郡広村(広町を経て現広川町)で、実業家・7代濱口儀兵衛(濱口梧陵)の末子として生まれた。1891年(明治24年)慶應義塾普通部を、1894年(明治27年)東京専門学校(現早稲田大学)英語政治科を卒業。円覚寺に2年参禅して イギリスに留学し、1902年(明治35年)ケンブリッジ大学を卒業した。 1904年(明治37年)3月、第9回衆議院議員総選挙に和歌山県郡部から無所属で出馬して当選し、衆議院議員に1期在任した。この間、議員歳費を辞退して話題となる。
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