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三

三山秀昭

みやま ひであき
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三山 秀昭(みやま ひであき、1946年11月12日 - )は日本の実業家で、広島テレビ放送の最高顧問。読売新聞社の出身で、かつては読売巨人軍(読売ジャイアンツ)の球団代表や、広島テレビの代表取締役社長と会長を務めていた。 富山県の生まれで、早稲田大学法学部卒業後の1969年(昭和44年)に読売新聞社へ入社すると、報道記者として千葉支局に配属された。 読売新聞東京本社編集局政治部の記者を経て、正力亨(当時は読売巨人軍のオーナー)の秘書へ転身すると、1978年(昭和53年)に江川卓を巨人へ入団させることを画策。前年(1977年)のNPBドラフト会議でクラウンライターライオンズの1位指名を受けながら、入団を固辞したうえで巨人への入団を視野に「野球浪人」(南カリフォルニア大学野球部の練習生)という道を選んでいた江川に対して、日本プロ野球(NPB)ドラフト会議への参加球団に関する当時の野球協約(「ドラフト会議での単独指名や、指名の重複による抽選を経て入団交渉権を獲得した選手とは、翌年のドラフト会議の前々日まで交渉を認める」という趣旨の規定)を逆手に取る格好で「空白の一日」(1978年NPBドラフト会議の前日)に読売巨人軍との間で入団契約を結ぶことを提案した。

出典:ウィキペディア「三山秀昭」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋