玉ノ川 脇太郎(たまのかわ わきたろう、1885年4月2日 - 1924年11月20日)は、現在の東京都あきる野市(当時は神奈川県)出身で佐渡ヶ嶽部屋、伊勢ノ海部屋に所属した力士。本名は加藤 脇太郎。9代佐渡ヶ嶽。164cm、79kg。最高位は西前頭17枚目。 1903年1月初土俵、1911年6月十両昇進。またこの時から二枚鑑札。1915年6月に入幕したが、在位2場所に終わり、その後は十両に低迷して最後は幕下に陥落し、1918年5月引退した。年寄専任となったが、若くして亡くなった。小兵であり、もぐらなければ相撲にならなかった。
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