栃錦 清隆(とちにしき きよたか、1925年2月20日 - 1990年1月10日)は、東京府南葛飾郡小岩村下小岩(現・東京都江戸川区南小岩)出身で春日野部屋に所属した大相撲力士。第44代横綱。本名は大塚 清(おおつか きよし)で、のちに栃木山守也の養子となって中田 清(なかた きよし)となる。 1925年に、小岩村(現・江戸川区南小岩)で蛇の目傘の製造を営む家の二男として生まれる。少年時代から運動神経は抜群で、並外れた体力と恵まれた体格を見た近所の八百屋の勧めもあって、下小岩尋常小学校(現・江戸川区立下小岩小学校)卒業後、13歳で春日野部屋の門を叩き、1939年1月場所で初土俵を踏む。十両昇進を機に名乗った四股名の「栃錦」は、春日野の現役名である栃木山守也と、その兄弟弟子だった大錦卯一郎から付けたものであり、当時の期待ぶりが窺える。
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