荻山 音吉(おぎやま おときち、1885年〈明治18年〉6月26日 - 1945年〈昭和20年〉7月)は、日本の商人(酒醤油商)、栃木県多額納税者、実業家、政治家。栃木県会議員。日本鉱泉社長。宇都宮モーター商会社長。宇都宮実業学校理事。 栃木県足利市の酒醸造業植田家に三男として生まれる。23歳の時に栃木県宇都宮市荻山家の養子となり、1913年に家督を相続して襲名する。「大津屋」と称し、酒類醤油商を営む。1919年、宇都宮酒類商組合長となる。 1922年、日本鉱泉を創立、社長となる。1926年、宇都宮市会議員に当選する。市会においては中立派である。1945年、宇都宮空襲によって戦災死した。 貴族院多額納税者議員選挙の互選資格を有する。
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