萩原 鐐太郎(はぎわら / はぎはら りょうたろう、1843年7月2日(天保14年6月5日)- 1916年(大正5年)7月31日)は、明治から大正初期の養蚕家、篤農家、政治家。衆議院議員。 上野国碓氷郡東上磯部村(群馬県碓氷郡東上磯部村、磯部村東上磯部、磯部町、安中町を経て現安中市)で、豪農・萩原四郎左衛門、とま子の第二子(二男)として生れた。母が出産直後に死去したため、代々里正を務める家の叔父・萩原弥左衛門の養子となる。佐々木愚山に師事し和漢の群書を学び、山口藤十郎に剣術を、水戸藩士・黒田健之助に柔術・居合を学んだ。 1858年(安政5年)養父の死去に伴い家督を相続し、同年7月11日(6月1日)里正に就任した。
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