有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
松

松田雪柯

まつだ せっか
Wiki ↗

松田 雪柯(まつだ せっか、文政6年3月5日(1823年4月15日) - 明治14年(1881年)9月3日)は、伊勢山田(現在の三重県伊勢市)生まれの書家。名は元修、字は子践、幼名は慶太郎、通称は縫殿(ぬい)、雪柯は号で、別号に澹所などがある。 幕末の三筆と称される貫名菘翁の書法を日下部鳴鶴・巖谷一六などに指導した。また、明治13年(1880年)清の楊守敬が漢魏六朝の碑帖を携えて来日した後、巌谷一六・松田雪柯・日下部鳴鶴の3人は楊守敬に師事して書法を研究し、六朝書道を提唱し興隆させた。 文政6年(1823年)、伊勢山田一志久保町に生まれる。家は代々伊勢神宮の祠官であり、幼少の頃から父(適翁)に書画を習い、のちに貫名菘翁などの門人となって、書画の鑑識・書法・水墨画などを学んだ。

出典:ウィキペディア「松田雪柯」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋