工藤 善助(くどう ぜんすけ、安政5年1月5日〈1858年2月18日〉 - 1938年〈昭和13年〉1月20日)は、明治から昭和戦前期にかけての日本の政治家・実業家。長野県小県郡丸子町(現・上田市)の人物で、政界では長野県会議員や衆議院議員(当選2回)などを歴任し、実業界では蚕種業・製糸業を営み銀行・鉄道会社にも関係した。 工藤善助は、安政5年1月5日(新暦:1858年2月18日)、信濃国小県郡上丸子村(後の小県郡丸子町、現・上田市)に工藤伝五郎の次男として生まれた。1874年(明治7年)12月に分家。1876年(明治9年)より宗家にならって蚕種の製造・販売業を始めた。蚕の繭を得る養蚕業ではなく蚕の卵(蚕卵紙)を製造・販売する蚕種業は幕末以降丸子地区で盛んであった。
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