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榊

榊原郁三

さかきばら いくぞう
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榊原 郁三(さかきばら いくぞう、1893年〈明治26年〉6月28日 - 1974年〈昭和49年〉9月25日) は、日本の自動車実業家、自動車技術者。位階は正五位。 榊原はアート商会を創業し、後にアート金属工業へと改組し、同社をピストン製造の大手企業へと発展させた。本田技研工業の創業者である本田宗一郎の若い時分の雇い主だったことでも知られる。(→#本田宗一郎との関係) 榊原家は武士の家系で、上田藩領主の藤井松平家に出仕し、特に財務家としての能力を代々評価され、勘定方を拝命していた。しかし、明治維新に伴い失業し、榊原郁三の父である泰一郎は手先の器用さを活かして家具職人に転身して暮らしていた。 泰一郎は「これからの世の中、科学で身を立てるがよい」を口癖としており、子である榊原も子供の頃からまず木工に親しみ、小学生の時に木製の自転車を自作して村の人々を驚かせてしまうような子供だった。

出典:ウィキペディア「榊原郁三」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋