川面 凡児(かわつら ぼんじ、1862年4月29日(文久2年4月1日) - 1929年(昭和4年)2月23日)は、日本の宗教家、神道家。禊の行法を体系化し、組織的に行なった。現在の神社神道における禊作法は、戦前に川面が行っていたものに基づいている。名は恒次(つねじ)、字は吉光。号は殿山(でんざん)。 豊前国(のち大分県宇佐郡両川村小坂、現宇佐市)に、酒造業を営む家の次男として生まれる。神職をしていた父の義弟の溝口千秋に教育のため預けられる。千秋は宇佐神社に参詣する全国各地の神道家や勤王の志士と交流があり、川面はその中のひとり、豊前の儒者・恒遠翁に漢籍を学ぶ。13歳のときに近くの霊山・馬城山(まきさん)に籠り、童仙・蓮池貞澄から仙道を学ぶ。
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