水之江 浩(みずのえ ひろし、1845年6月29日(弘化2年5月25日)- 1922年(大正11年)4月11日)は、明治期の地主、実業家、政治家。貴族院多額納税者議員。旧姓・佐藤。 豊前国宇佐郡日足村(大分県宇佐郡北馬城村、宇佐町を経て現宇佐市)に佐藤継信(楽山)の五男として生まれ、1856年6月(安政3年5月)に宇佐郡水崎村(宇佐郡封戸村を経て現豊後高田市)の素封家・水之江家43代・久衛(号・奇峰)の婿養子となる。1871年(明治4年7月)家督を相続した。 家業の製塩業を営む。養父の遺志を継いで溜池の築造を継続して耕地の拡大に尽力。また、小学校校舎の建築、道路・橋梁の整備などにも多額の寄付を行った。
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