五月女 幸雄 Saotomé Yukio(さおとめ ゆきお、1937年2月18日 - )は、前衛美術出身、フランス在住の画家。 栃木県宇都宮市に生まれる。教師であった両親の下で、幼少時より絵を描き始める。栃木県立石橋高等学校に進み、社会科教諭・大島清次に出会う。後に栃木県立美術館および世田谷美術館の館長となる大島は、当時の社会状況や現代思想について、ことあるごとに生徒たちに語って聞かせていた。社会の実相を見つめる目、美術への志向がこうして養われていく。 蕨画塾(埼玉県蕨市)に入り、彫刻を長谷秀雄に、絵画を寺内萬次郎、金子徳衛に学ぶ。同じ頃彫刻家・石井鶴三に出会ってその芸術観に感動し、東京芸術大学彫刻科の石井教室を目指して数度の受験に臨むが入学は叶わず、最後に合格通知を受け取った埼玉大学教育学部の美術科に入学することとなった。
出典:ウィキペディア「五月女幸雄」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
