有名人ナビ トップページ
人物データベース×観光資源
二

二宮熊次郎

にのみや くまじろう
Wiki ↗

二宮 熊次郎(にのみや くまじろう、1865年6月3日(慶應元年5月10日)- 1916年(大正5年)12月17日)は、明治時代から大正時代にかけて活動した日本の新聞記者である。「孤松」「震堂」「画美人楼主人」といった号を用いた。 現在の愛媛県宇和島市に生まれる。父は宇和島藩士だった。宇和島に設置された「南予変則中学校」に学んだ。 15歳の時、藩校明倫館の助教となる。1883年(明治16年)に朝野新聞に入社。 1888年(明治21年)から1892年(明治25年)までドイツへ留学する。帰国後に山縣有朋の支援で内務省嘱託となり、日清戦争時には戦地で山縣の秘書も務めた。 内藤鳴雪の勧めで俳諧に進み、「孤松」は俳号として使用したものである。

出典:ウィキペディア「二宮熊次郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋