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穂

穂積陳重

ほづみ のぶしげ
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穂積 陳重(ほづみ のぶしげ、入江陳重、いりえ のぶしげ、1856年8月11日〈安政3年7月11日〉 - 1926年〈大正15年〉4月7日)は、明治から大正期の日本の法学者。日本初の法学博士の一人。東京帝国大学法学部学部長。英吉利法律学校(中央大学の前身)の創立者の一人。貴族院議員(勅選)。男爵。枢密院議長。勲一等旭日桐花大綬章。現在の愛媛県宇和島市出身。獨逸学協会会員。弟子に牧野英一など。 1856年8月11日(安政3年7月11日)、伊予国宇和島藩領で国学者の鈴木(穗積)重樹の次男・邑次郎として生まれた。明治に入り鈴木家は穂積に改姓している。13歳で婿養子として入江家と養子縁組(婚約)をし、宇和島藩の貢進生として大学南校入学時は入江邑次郎、開成学校では入江陳重と名乗っている。

出典:ウィキペディア「穂積陳重」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋