出口 辰夫(でぐち たつお、大正12年〈1923年〉- 昭和30年〈1955年〉1月30日もしくは昭和30年(1955年)1月10日)は、日本のヤクザ。稲川組(組長:稲川角二)幹部。宮崎県西諸県郡飯野町出身。通称「モロッコの辰」。 大正12年(1923年)、宮崎県西諸県郡飯野町(現:宮崎県えびの市)で生まれる。実家は農家で、5人兄弟の四男だった。 昭和13年(1938年)、加久藤尋常小学校高等科2年を卒業後、すぐ上の兄とともに、横浜市鶴見区潮田に住む次兄夫婦のもとに預けられ、ここで夜学の工業高校に進学した。在学中、川崎の「薄田拳闘クラブ」に通い、本格的にボクシングを始めた。この頃から喧嘩三昧の生活を送るようになり、愚連隊の世界に入っていくこととなる。
出典:ウィキペディア「出口辰夫」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
