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中小路与平治

なかこうじ よへいじ
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初代 中小路 与平治(なかこうじ よへいじ、1845年(弘化2年6月) - 1922年(大正12年)12月18日)は、明治時代滋賀県の政治家。貞章(さだあき)と改名。 中小路与平治は、1845年(弘化2年)近江国蒲生郡西庄村(後の金田村、現滋賀県近江八幡市)に村井又兵衛の三男として生まれ、幼名を直次郎と称した。北脇醒斬に漢詩、儒学を修め、1867年(慶応3年)に郷総代を務める中小路健治の養子となり、1870年(明治3年)名を与平治に改める。 1871年5月23日(明治4年4月5日)に戸籍法施行の翌年戸長に就任し、1879年(明治12年)府県会開設後蒲生郡より第一回選出滋賀県会議員64名の一人として当選、その後常置委員に選出された。

出典:ウィキペディア「中小路与平治」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋