井上 武子(いのうえ たけこ、1850年5月4日〈嘉永3年3月23日〉 - 1920年〈大正9年〉3月21日)は、日本の女性。井上馨の妻。夫と共に「鹿鳴館外交」を担い「鹿鳴館の華」とも言われた。旧姓は岩松、新田。 生年は嘉永5年(1852年)とも。父は上野国下田島(現・群馬県太田市下田島町)領主の岩松(新田)俊純。母は旗本の関盛泰の娘の千代子。武子は幼少期を下田島で送ったが、明治元年(1868年)の10月に東京へ上っている。 明治2年(1869年)、当時大蔵少輔であった井上馨と結婚した。 1876年(明治9年)に井上と共にアラスカ号で渡航し、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスにそれぞれ滞在する。
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