中村翠恒(なかむら・すいこう、1903年4月3日ー1985年9月8日)は昭和期の九谷焼の陶芸家。日展参与。元石川県陶芸協会会長。石川県指定無形文化財九谷焼技術保存会初代会長。戦前から帝展、新文展で活躍する。 明治36年生まれ。石川県加賀市出身。名工初代 中村秋塘の次男。本名は恒。 大正13年石川県立工業学校卒業。京都国立陶磁研究所に進み、安達陶仙、二代伊東陶山、河村蜻山、板谷波山らに師事する。 三代 秋塘を襲名。のち甥に譲り以降翠恒を名乗る。昭和60年9月8日老衰により石川県立中央病院にて死去。享年82歳。 昭和3年に第9回帝展において「彩釉彫牡丹文壷」が初入選。戦前は「秋塘」の名で出品している。
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