大寺 安純(おおでら やすずみ、1846年3月9日〈弘化3年2月12日〉- 1895年〈明治28年〉2月9日)は、日本陸軍の軍人。最終階級は陸軍少将。 薩摩国鹿児島郡鹿児島城下(現:鹿児島県鹿児島市)で、薩摩藩士・大寺七郎の二男として生まれる。幼名は彌七。幼くして父を失う。 20歳にして造士館助教(授讀助)となった。 戊辰戦争従軍の後は陸軍にすすむ。1871年(明治4年)に陸軍少尉に任官して一番大隊分隊長、陸軍中尉として半小隊長、東京鎮台付などを経て、1874年(明治7年)2月から5月にかけて佐賀の乱に出征し、続いて台湾出兵に従軍した。 広島鎮台付、歩兵第12連隊付などを経て、陸軍戸山学校で学ぶ。
出典:ウィキペディア「大寺安純」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
