永野 静雄(ながの しずお、1850年11月18日(嘉永3年10月15日)- 1927年(昭和2年)4月1日)は、幕末の鹿島藩士、明治から昭和初期の官吏・実業家・政治家。衆議院議員。旧姓・愛野。 肥前国藤津郡、のちの佐賀県藤津郡南鹿島村(鹿島町を経て現鹿島市)で、鹿島藩士の愛野家に生まれる。鹿島藩校弘文館で学んだ。慶応2年(1866年)鹿島藩に副島種臣が逃れた際に原忠順の命を受け永田佐次郎と共に副島の警護に当たった。1877年(明治10年)東京の同人社を卒業した。 勧農局雇となり、その後、内務省取調局御用掛を務めた。1879年(明治12年)旧藩主鍋島直彬が沖縄県令として赴任した際に従い、沖縄県属となる。
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