大橋 喜美(おおはし きみ、1905年(明治38年)1月29日 – 1999年(平成11年)6月1日)は、日本の教育者、政治家。衆議院議員(1期)。 栃木県鹿沼市出身。1925年、東京女子高等師範学校文科卒。島根県立浜田高等女学校、滋賀県大津市高等女学校の教員を経て、結婚により宮崎県延岡市に移る。夫の死後、故郷の鹿沼へ戻り、栃木県立鹿沼高等女学校講師になる。 1946年の第22回衆議院議員総選挙では宮崎県から日向民主党公認で立候補して初当選した。当選後は国民協同党に入るが、翌1947年の第23回衆議院議員総選挙では宮崎1区から民主党公認で立候補したが落選。1949年の第24回衆議院議員総選挙では選挙区を栃木1区に移して立候補したが落選した。
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