明石 猛繁(あかし たけしげ、1891年(明治24年)10月12日 - 1941年(昭和16年)7月28日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍主計少将。 高知県香美郡美良布村(現在の香美市)で、明石秀太郎、秀の長男として生まれた。1910年(明治43年)県立第一中学校卒を経て、1914年(大正3年)5月、陸軍経理学校(8期)を卒業した。三等主計に任官し歩兵第43連隊付となり、1920年(大正9年)歩兵第44連隊付となりシベリア出兵に従軍。 1928年(昭和3年)陸軍経理学校高等科を卒業。以後、近衛師団経理部員、陸軍被服本廠員兼陸軍経理学校教育部教官、関東軍司令部付などを務める。1938年(昭和13年)主計大佐に昇進。
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