神成文吉(かんなり ぶんきち、1869年5月6日〈明治2年3月25日〉 - 1902年〈明治35年〉1月27日)は、大日本帝国陸軍の軍人。八甲田雪中行軍遭難事件において、青森歩兵第5連隊雪中行軍隊の主任中隊長であった人物として知られる。 1869年5月6日(明治2年3月25日)生まれで、久保田藩領の羽後国秋田郡鷹巣村(現・秋田県北秋田市)出身。 陸軍教導団卒業。1894年(明治27年)10月に特務曹長に昇進し、日清戦争に従軍。威海衛で戦闘の後、1895年(明治28年)4月1日陸軍歩兵少尉に昇進。その後、遼東半島守備を経て、1896年(明治29年)4月3日付けで台湾守備歩兵第2連隊付となり台湾へ出征し、1897年(明治30年)9月7日付けで青森歩兵第5連隊へ帰還。
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