成田 直衛(なりた なおえ、嘉永元年9月8日(1848年10月4日) - 大正7年(1918年)12月29日)は、明治時代の代議士、秋田県会初代議長。 直衛は嘉永元年(1848年)、出羽国秋田郡鷹巣村(現北秋田市)成田良左衛門の次男に生まれ、久保田町(現秋田市)茶町士族医師青木泰順の養子になったが、兄が亡くなったので実家に戻り跡を継いだ。17歳の時、久保田町の根岸靱負の門に入り文学、弓馬、刀剣の術を学び、秋田藩郷士となり、明治元年(1868年)戊辰戦争では扇田で南部藩の兵士と戦い手柄をたて藩主より刀一振を賜る。 世は明治の新時代となるが、時の流れに敏感な彼は、一時妻子を残して東京の福澤諭吉の門に入る。
出典:ウィキペディア「成田直衛」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
