関 光徳(せき みつのり、1941年1月4日 - 2008年6月6日)は、日本の元プロボクサー。元OBF東洋フェザー級王者。横浜光ボクシングジム初代会長。東京都北区出身。 世界ミドル級チャンピオンであったロッキー・グラジアノの半生を映画化した「傷だらけの栄光」に興奮した友人のボクシングジム入門に付き添っていったところ、つい自分も入門してしまったという。 1958年12月、新和ボクシングジム(新和拳)からフライ級でデビューしたが初戦は4回判定で敗れて黒星。しかしアジアの強豪を次々に破り、デビューから2年半後の1961年6月27日、遂に世界初挑戦のチャンスを掴み、世界フライ級チャンピオンポーン・キングピッチ( タイ)に挑戦。
出典:ウィキペディア「関光徳」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
