都甲 徠(とごう きたる、1899年(明治32年)9月3日 - 1991年(平成3年)2月17日)は、日本の陸軍軍人。陸士33期卒(歩兵)。最終階級は陸軍少将。 大分県速見郡山香町(現:杵築市)出身。農業・都甲喜佐久の三男として生まれる。宇佐中学校(現大分県立宇佐高等学校)卒業を経て、1921年(大正10年)7月、陸軍士官学校(33期)を卒業。同年10月、歩兵少尉に任官し歩兵第64連隊付となる。1932年(昭和7年)11月、陸軍大学校(44期)を卒業した。 1932年(昭和7年)12月、歩兵第37連隊中隊長に就任。1933年(昭和8年)12月、参謀本部付勤務(支那課)となり、参謀本部員、参謀本部付(支那研究員、北京・太原・長沙駐在)、中国駐在を務め、1936年(昭和11年)8月、歩兵少佐に進級。
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