松本 新吉(まつもと しんきち、1865年 - 1941年5月3日)は、日本のピアノ調律師で楽器製造者である。 1865年(慶応元年)上総国周淮郡常代村(現・千葉県君津市常代)で生まれる。1887年(明治20年)に横浜へ移住すると、叔父西川虎吉に弟子入りして、西川風琴製造所に勤務するが、数年で解雇される。この解雇は叔父が1894年(明治27年)1月発刊の音楽専門誌『音楽雑誌』の裏表紙広告に逸話として使った。 2年後の1895年(明治28年)には起業して東京新湊町でオルガン製造を始めると、翌1896年(明治29年)に「ピアノ調律師 松本新吉『風琴製造と販売』」の広告を出す。 1900年(明治33年)に単身で渡米すると、半年ほどニューヨークのブラッドベリー・ピアノ工場で研修生を務める。
出典:ウィキペディア「松本新吉」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
