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阿野公誠

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阿野 公誠(あの きんみ)は、幕末の公家、明治時代初期の官僚、華族。麝香間祗候。 京都で非参議阿野実典の長男として生まれる。文政10年(1827年)3月22日に元服、昇殿を許される。天保14年(1843年)1月14日侍従 。左近衛権少将を経て、安政3年(1856年)12月22日左近衛中将に任じられる。安政5年(1858年)廷臣八十八卿列参事件にその名を連ねている。文久2年(1862年)8月16日には三条実美ほか公卿13名の連名で幕府にこびへつらう「四奸二嬪」(岩倉具視・久我建通・千種有文・富小路敬直・今城重子・堀河紀子)を弾劾する文書を関白近衛忠煕に提出した。同年11月4日参議、同時に議奏および国事御用掛を拝命する。

出典:ウィキペディア「阿野公誠」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋