松村 雄之進(まつむら ゆうのしん、1852年3月11日(嘉永5年2月21日) - 1921年(大正10年)2月22日)は、明治・大正期の政治家。衆議院議員(1期)。 筑後国久留米鍛冶屋町(現福岡県久留米市中央町)で神官の家に生まれる。17歳で故郷を離れて京都、摂津で諸藩の名士と親交を持ち国事に奔走した。1872年(明治4年)大楽源太郎が久留米藩に逃れたことにより藩主が政府の嫌疑を受けたため、同志と大楽を暗殺して禁獄7年の刑に処せられた(久留米藩難事件)。 1878年(明治11年)に出獄。1880年(明治13年)3月、旧久留米藩士を集めて福島県に移住して安積原野開拓を開始し、久留米開墾社を設立して副社長、社長を歴任した。
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