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菊島生宜

きくしま せいぎ
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菊島 生宜(きくしま せいぎ、1857年11月18日(安政4年10月2日)- 1923年(大正12年)1月15日)は、明治から大正期の実業家、政治家。衆議院議員。幼名・朝次郎、号・東山。 甲斐国山梨郡下萩原村(山梨県山梨郡七里村、東山梨郡七里村、塩山町、塩山市を経て現甲州市塩山下萩原)で、農業・菊島定右衛門、イセの長男として生まれる。下瀬久寿、藤田習斎から漢学を学んだ。 1877年(明治10年)東山梨郡於曽学校事務掛に就任。以後、東山梨郡役所傭、同郡書記を務め、1883年(明治16年)8月に退官。1884年(明治17年)山梨県会議員に当選し2期7年在任した。その他、山梨県学事会員、同蚕糸業取締所議員、東山梨郡蚕糸業組合委員長、所得税調査委員などを務めた。

出典:ウィキペディア「菊島生宜」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋