伊藤 修(いとう おさむ、1852年2月21日(嘉永5年2月2日) – 1925年(大正14年)6月17日)は、日本の政治家。高知市長。 土佐国高知城下で伊与木正猪の四男に生まれる。その後、浦戸町(高知城下)の伊藤怡然の養子となる。土佐郡朝倉村12ヶ村戸長になるが、1889年(明治22年)町村制の施行により、廃職となる。同年、高知市の発足により、高知市会議員となる。1891年(明治24年)高知市参事員、1893年(明治26年)土佐郡会議員となる。1895年(明治28年)高知市議に復帰、翌年副議長となる。1897年(明治30年)2月高知市会議長となるが、3月に高知市助役に就任。高知市長一圓正興の元で務めた。
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