小池 暢子(こいけ のぶこ、1937年 - )は、日本の銅版画家である。 1937年に高知市で生まれた。父は医師であった。1941年に士別市に引っ越した。上京して女子美術大学に進学し、一時期は安保闘争のデモ活動に参加していた。1961年に女子美術大学を卒業した。その後、壁画を作成する会社で働くようになり、1964年6月頃から東京オリンピックの準備として国立競技場の壁画制作作業の現場監督として働いた。1960年代頃までは油絵を描いており、油絵の個展も行っていた。 1972年、35歳の時に東京では制作に没頭できないと考え、渡仏してパリで活動するようになった。ローマなどにも滞在した。ヨーロッパ在住中は「アラプペ」と呼ばれる一版多色刷りの銅版画を多数制作した。
出典:ウィキペディア「小池暢子」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
