射場 保昭(いば やすあき、1894年(明治27年)8月2日 - 1957年(昭和32年)4月24日)は、日本の実業家、アマチュア天文家。 資産に恵まれた貿易商であり、1928年に神戸市の自宅に私設天文台「射場天体観測所」を開設。1930年代前半には欧米の天文学者と活発な交流を行った。藤原定家の日記『明月記』に残された「客星」(超新星など)の出現記録を、海外に紹介した人物である。 明治時代における日本有数の肥料輸入・販売会社「鈴鹿商店」の創業者・鈴鹿保家の嫡男として、1894年(明治27年)8月2日に東京・深川に生まれる。幼名は「鈴鹿 醇」。久松小学校の高等科を1年飛び級で卒業し、1907年に京華中学校に入学するも、間もなくオーストラリアに留学した。
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