三木 宗策(みき そうさく、1891年〈明治24年〉12月22日 - 1945年〈昭和20年〉11月28日)は、日本の彫刻家。高村光雲の高弟である山本瑞雲の内弟子となる。第十回文展入選以来十二回まで続けて入選、第六回帝展で「不動」が特選となり以後無鑑査を経て1932年〈昭和7年〉帝展審査員となる。新しい造形精神に立脚した伝統木彫の確立に努めた。 三木宗策は福島県郡山市で、表装を生業とする三木宗次郎、ハルの二男として生まれた。明治29年(1896年)金透尋常小学校に入学、成績優秀で毎年のように級長を務め中学校進学を希望したが、父の同意が得られなかった。三木家の菩提寺である善導寺には阿弥陀如来像が座しており、幕末の戊辰戦争と明治期の火災で本堂が焼けた際に、本尊も損傷を受けておりその修復のために、山本瑞雲がおとずれていた。
出典:ウィキペディア「三木宗策」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
