加藤 みどり(かとう みどり、1888年(明治21年)8月31日 - 1922年(大正11年)5月1日)は、明治・大正期の小説家。本名はきくよ。月刊誌「青鞜」の社員であった。 1888年(明治21年)8月31日、長野県上伊那郡赤穂村(現駒ヶ根市)にて、医師の父・高仲泰一と、母・久与の間に、長女として生れる。1899年(明治32年)12月11日、母・久与が病死(享年32歳)。幼い4人の弟妹たちの世話を、11歳のきくよがすることとなった。 文学に憧れ始めたのは小学校4年か5年の頃のことで、受持ちの教師の作った狂歌のようなものを面白く思い、家にあった本の物語や和歌を読み耽った。その後、「新小説」「早稲田文学」「明星」などの文芸雑誌や、与謝野晶子、島崎藤村などを愛読した。
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