大石 熊吉(おおいし くまきち、元治元年5月13日(1864年6月16日) - 昭和20年(1945年)5月11日)は、日本の衆議院議員(憲政本党)。 佐賀藩士大石良英の二男として生まれる。藩校弘道館で学ぶが、東京に出て神田共立学校、大学予備門で学んだ。その後大隈重信の知遇を得、1884年(明治17年)に大隈の勧めでアメリカ合衆国のラトガース大学に留学した。ラトガーズ大学で学位を得た後、1889年(明治22年)にニューヨーク大学に入り、1892年(明治25年)に哲学博士号を得た。 帰国後は『報知新聞』記者や東京専門学校(現在の早稲田大学)講師を務めた。1897年(明治30年)、大隈が農商務大臣に就任するとその秘書官となり、翌年に大隈が内閣総理大臣に就任にすると秘書官となった。
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