佐賀ノ花 勝巳(さがのはな かつみ、1917年12月5日 - 1975年3月28日)は、佐賀県佐賀市出身で二所ノ関部屋(入門時は粂川部屋)に所属した大相撲力士。本名は北村 勝巳(きたむら かつみ)。師匠の玉錦譲りの鋭い出足から「飛燕の出足」「サッと寄り切る佐賀ノ花」などと呼ばれていた。最高位は東大関。 1917年12月5日、佐賀市八戸町に生まれる。幼少期は西魚町で育った。日新小学校時代の地域の相撲大会での活躍ぶりは、現在も語り草になっているという。 高等小学校卒業後、苦しい家計を助けるため鹿島市の兄のもとで板前修業を始める。1934年、鹿島市へ巡業に来た玉錦三右エ門が佐賀ノ花が務めていた料亭に宿泊。
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